本当は書きたくなかったこと。

本当は書きたくなかったこと。

子宮の洞窟とキャセドラルロックの夕焼けツアーを終えて、すっかり夜のセドナ。

NANAさんが私がお世話になっているパトリックを紹介してほしいと言ってきたので、私はふつうに承諾したのだが、まさかこのままこの5人のメンバーでパトリックの家にそのまま押しかけることになろうとは思っていなくて、少しだけ気が重くなった。

まず、パトリックに許可をとっていないとゆうことと、私はあまり大人数で長時間楽しめるラフな性格を持っていない。

それになにより、大好きなパトリックのおうちは日本人の観光スポットじゃない。ぞろぞろと日本人に入られるのはなんだか、なんだかわからないけど嫌だ。

ケニーが運転する車がパトリックの家に止まり、私はまず「パトリックに確認してきます」と言って、1人で家の中へ。

事情を説明したパトリックはいきなりの来客にも関わらず、軽い足取りでNANAさんの待つ庭の門の前に行ってくれた。

狭いセドナ。パトリックとNANAさんには共通の知人がいてすぐに打ち解け、そのままNANAさんが車で待っている日本人の女の子が2人いるからその子達も家にいれてあげていいかとパトリックに尋ね、パトリックも「もちろん!」と快諾。

この時点で、なんだかわたしは複雑な心境だった。

パトリックはみんなに家の中を見せてあげ、そして自分の仕事であるクリスタルディギングとアクセサリーへの形成のことをまるで学生の社会見学のように説明していて、そしてお土産にと採掘してきたクリスタルを各々にプレゼントした。

私はもうなんだか見ていられなくって、借りている自分のベッドスペースで自分の時間を過ごそうかなと思いはじめたが、それもそれで全然落ち着かない。

なぜだかわからない。けど、これが私の狭い性格だ。

結局みんなはそんなに長くはいなくて、30分程の小さな滞在だった。

みんなが帰ったあと、私はパトリックに「急にごめんね・・・」と言った。

すると彼は、私が5秒前に発したその言葉を後悔するぐらい優しい顔で

ありがとう。愛が繋げてくれた素敵な輪だよ。俺は人と人がつながるのが大好きなんだ。」と言った。

あぁ。。。私ってなんて醜いんだろう。なんだわたし。なんだこれ。なんでこんな狭いんだ。小さいんだ。なんでオープンになれないんだ。

それ以前に私はパトリックのことをなんだとおもってたんだ。私と一緒だとでも思ってたのか。最低だ。

この日から私はセドナで無邪気に笑えなくなった。

翌々朝、それに追い打ちをかけるような出来事があった。

朝からパトリックのテンションがいやに高い。なんでも、「すごい美人のトラベラーがやってきた!フェニックス空港まで迎えに行ってきたんだ!」と。

そのパトリックの目線の先には、可愛いセーラームーンみたいな二つのお団子ヘアと、くりっくりの目と綺麗にマスカラされた長い睫毛にヒッピースタイルの似合う褐色肌、そして自分でデザインした個性的な洋服と靴を上手に着こなすロスから来た若くて可愛い女の子だった。

名前はローズ。アパレル系のデザイナー兼アーティスト。

ちなみにどうでもいいが私の同級生の奥さんに似ている(笑

ローズに「私あなたにそっくりの知り合いがいるの」とその子の写真を見せると、「 私のシスターだわ!」と驚いていた(笑

これ、ローズに描いてもらった絵。

なんで人魚にしたの?って聞いたら、「・・・・・・なんとなく。笑」って言われたけど、なんか嬉しかった。

でも本当に素敵な女の子だった。

絵を描くことが好きで、姿が見えないなと思ったら持ってきていた分厚くてドッグイヤーがいっぱいの味のあるスケッチブックに色鉛筆で絵ばかり描いているか、

おへそを出して陽の当たるお庭で寝ているローズの姿がどこか神秘的でまだ思い出せる。

そんなローズがここに来てから、なぜか私のここでの居心地は悪くなった。

きっと、比較してない気にしてないと言い聞かせど、女ながらに比較したんだろう。

嫉妬まではいかないとしても、今までわたしに無償の愛と優しさをくれた人が、その対象を私から次のものへ移した事を目の前ではっきり悟ったときの青色の感情。

わたしはガキだ。

愛情は独り占めするもんだと思っている子供と一緒。かまってもらえないと寂しい。悲しい。

30歳を手前にしてもわたしはまだこんな精神レベルにいることに気付き、つくづく救いようのない性格だなと思って、夜みんなにバレないように庭にでて、膝をかかえて泣くしかできなかった。

すっごい孤独だった。バカな孤独の感じ方。泣くなんてほんとバカのすること。涙がなにも解決してくれないことは知ってるやろうに。

アメリカ横断はじまって約2週間。

その短い期間の中でもらった愛情が測りしれず大きすぎていつの間にかもらいなれて謙虚さを失い、私のマインドは確かにどす黒いエゴに変わっていた。

ちょうどこのとき、日本では1日早く私の誕生日だったおかげで、いろんな人からバースデーメッセージをいただいた流れで、セドナのベッドの上から1人の先輩に心の中を明かした。

アメリカ一周を女1人でやり遂げた先輩。強い人。

その先輩は、「私はセドナで押しつぶされたから、そんなふうに温かく包まれて羨ましい。広いアメリカの大地で思いっきりわがままになっていい。」と言ってくれた事をすごくはっきり覚えている。

さらに、このときこんな私の存在をすくってくれたのは、このとき昨日まで一緒だったメキシカンのお姉ちゃんアイデとの新鮮な記憶。

私より後にきて、先にメキシコに帰っていったアイデだったが、一緒に過ごしたときに近くで見ていたアイデの超自然な強いハートを思い出して、自分の心にツギハギで縫い付けた。

 

ブログなんて、、、

経験したことをおもしろおかしくリメイクして世に伝えてそれなりの反応があればいいってものかもしれない。

けど、わたしが作っていきたいわたしが育てていきたいブログはそんなものでは全然なくって、そう、もう私の化身とでもゆうような、読めば私と話している以上に私がわかるような、

わたし自身がわたしを見つめるための、ゆわば感情全てのレポートだ。

もちろん書けば私以外の誰かに少しでも迷惑がかかるような内容はご法度だけど、それ以外は心の底に追い払っていたちょっと痛々しい気持ちなんかもちゃんとここにアウトプットしていきたい。

それってやっぱりけっこうしんどくって。

だって自分の醜いドロドロした部分と向き合わないといけない時間だし、そんなときの自分ってやっぱ鏡すら見れないくらいブサイクなもんだ。

顔は心をうつす鏡なんて言われてるのも根拠があるんだなって思う。

そしてそれを敢えて自分以外に見せる必要なんて天地がひっくりかえっても必要ないのに、他人に社会に世界中に公開されているこのブログに文字とゆう名の証拠として綴ってしまう私も本当にバカかと思う。

文字にして吐き出した先に、なにがあるのかちょっと考えてみよ。今。

すっきり感?うん、多少あるかも。

言わなくてもいいことをあえておっぴろげる、ただのマゾ?う〜ん、世間ではどっちかといえば私は無口な隠れエスだ。

じゃあなんでだろうと掘り下げていったときに、やっぱり「時間をかけて正直さを熟成したい」とゆうところにたどり着く。

ちょっとでも何かを隠したり、小さなカバーをかけたりするだけで、自分がどこかで狂い始める気がする。小さな違和感を放置すると、嘘を呼ぶ気がする。

そしてそれは会話の辻褄や意思の疎通なんかの邪魔になってくると思う。

「え、わたしそんなこと言ったっけ?」「あーそうだったっけ」「忘れた」

嫌い。この言葉。そこでもう会話終了です。

そんな中身のない人間、嫌じゃん。そんな人間になったら、好きな人に伝えたいことすら伝えられない。だってそうゆう行動や思考がきっと性格やオーラや日頃の行動に表れちゃう。

そんなふうに生きたくないだけ。

と、こんなマインドが今日この記事を私に書かせた。

こんな感情だって旅の一部なのに、それを省いて綺麗ごとだけのブログにしたくなかった。

I hope this dicision gonna be right for my life and I’ll know it someday.


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