✴︎7/19追記あり:「乳がん検診」にひっかかって知った、新たな感情の境地。

✴︎7/19追記あり:「乳がん検診」にひっかかって知った、新たな感情の境地。

「恭平。私、乳がん検診ひかっかってん。局所麻酔してシコリの細胞とって結果待ち。来週MRIも受けんねん。」

「まだはっきりわからんねやろ?」

「エコーで見た感じ、良性のシコリやったらツルってしてるけど、私の約1cmのシコリはボコボコしてんねんて。」

 

7月7日は七夕でもあり、私の一番近い存在でもある友人の誕生日だった。

車の中で、突拍子もなく重たい話を軽く打ち明ける自分。

1人で抱え込みたくなかった。

「もしも…… 」と考えたら止まらない不安に押しつぶされそうだった。

 

「でも1cmで見つかって逆によかったんちゃん?」

「うん。そやねん。そうとも言える。。。。」

「でも、どうしよ、おっぱい片方なくなったら。もう恋愛できひんやん。」

「俺、おっぱい片方ないぐらいなんとも思わんけどなぁ。」

「えー、ほんまに?うそー!ほんまに?でも、『わたし片乳ないねん』とか好きな人に言いたないわ。。。」

「男全員がおっぱいで彼女作るわけちゃうやろ!男を簡単に見すぎや!」

「じゃあ私のおっぱいなくなったら結婚してな?来年でいいよ。」

「それは無理。俺、まだ結婚する気ないから。」

と、気付いたら軽くフラれつつも、

こんなアホみたいなこと言える友人が側にいてくれたら、

病院のベッドで胸に機械あてられて気持ち悪い検査されているときに怖くて涙が止まらなかっった自分だったけど、不思議と気持ちが落ち着いていた。

 

「もしも…… 」と考えたら止まらない不安に押しつぶされそうだった。

さっき書いたこの言葉。

「もしも…」の前は、「まさか自分が?」だった。

「こんなに好きなことだけしてなんのストレスもなく生きてるのに?」

「まじで健康しか取り柄ないのに?」

「それを取り上げるの?なんで?なにが目的?そこから何かを学ばそうとしているの?」

人生の中で起きること全てに”学ぶべき意味がある”ということはわかっている。

それを歌うように楽しめる自分だっている。

だからある程度のことはポジティブに受け止められる。

でも今回ばかりは酷すぎるよ神様。

怖いです。

どうしたらいいかわからないです。

どういう選択肢があるのかもわからないです。

わからないなら、調べなきゃいけないのです。

と、すぐに文献を検索して5分もかからずに見つけた本がこれ。

「がんが自然に治る生き方」

 

我ながらいいチョイスかも。

表紙も素敵。

やっぱこうゆうのって直感だ。

半分も読み終える前に、「もしも…」だったときの答えは出た。

 

「来年から始めようと思ってたアフリカ縦断旅を今すぐに始めよう」
(よりいっそう好きなことしかしないで、おもいっきり笑って全力で生きてやろう)

「自分の体と心が気持ちいいと感じる方法だけで治癒してあげよう」
(奇跡は絶対に起こるとスーパーポジテイブに信じよう)

 

家に帰って、家族に乳がん検診にひっかかったことを告げた。

「もしも…」だったら、「速攻アフリカ行くわ」ということを告げると、

 

「お前がガンなわけないやろ。」

と、4年前にステージ4の前立腺ガン摘出手術をして体重が20kgも減ったガリガリの父親に、キョトンとした顔で言われ、

「そらそうだ!(・_・)」となぜか納得にも似た感覚を得た。

 

無茶ばっかしてきて人生で3回ぐらい死にかけたことのある私の父親には、普通では見えない何かが見えるのかな?

会話をしていると、たまにそう思うことがある。

ちなみに三途の川も見たことがあるらしいが、お母さんに「お前はまだ来るな!さっさと帰れ!」と川の向こうから怒鳴られて戻ってきたら、病院のベッドの上の自分と幽体離脱してたらしい。

私はこのおもしろ話を結構めちゃくちゃ信じている。

 

 

結局、私の右胸のシコリの細胞から「悪性」の結果は出なかった。

でもそのシコリには、「乳管内乳頭腫」という名前がついている。

約1cmのそのシコリの扱いがわからなくて、通常はどうすべき?かと尋ねると、

”この小さなシコリをとるために一生物の傷が胸につくことになる方がリスクだと思う”

と、おとなしそうな女医さんから意外な言葉が返ってきた。

 

当分はこの可愛いシコリと一緒に生きていくんだね。

なんかわからんけど、また新しい心の境地で次の旅ができそうな気がせんでもなくって。

ちょっとワクワクさえしています。

7/19 追記:昨日、MRIの検査結果を聞きにいった。

MRIの写真には、シコリが広がってると見られる影が写っていた。もちろんこれが良性か悪性かまではわからないし、悪性だったとしても、手遅れの直前になるまで日常生活や外見にはなにも支障が現れないから怖いらしい。

「細胞検査は良性と判断出たけど、MRI的には”もしも”の可能性はゼロじゃない。一番いいのは、前回した細胞検査をもっと太い針を使ってさらに多めに細胞摘出し、再検査すること。」と医者は私に言った。

細胞検査のときに使う針には、太さが3段階あるらしく、前回は真ん中の太さの針で細胞をとったらしい。

すぐに答えを出せない私に、医者は重ねてこう言った。

「細胞摘出時のエコー写真を確認したら、ちゃんと細胞の真ん中から摘出できているし、信頼できる結果であるとは思うけど、、、より安心したいなら(太り針で)再検査したほうがいい。今すぐじゃなくて4ヶ月とか半年後とかでもいいと思う。それは自分で決めて。」

「大丈夫」なんて言葉は決して使わない。きっと病院の、一般的なお医者さん達の、「禁句ワード」なんだと思う。

 

とりあえず、、、

不安はあるし、泣けと言われれば泣きたい、でも実はそこまで悲しくもない、嬉しくもない、清々しくもない気持ちで病院を出た。

「アフリカ縦断が終わってからの自分と向き合って決めよう」と思った。

この先に何が起こるかなんて、わからない。

だから、わからないことを気にしても仕方がない。

受け止めるけど、考えないことにした。

私には未来にやりたいことがあって、決まっていて、それを実行するために今、毎日体と頭を動かしている。

それで十分。

あまり”期待”という言葉は好きじゃないけど、

旅の経験を重ねるほどに、自分自身の変化を強く強く心と体で感じてきた。

ありのままで生きていれば、前さえ向いていれば、

また、「ナニカ」に導かれると信じている。

信じさせて。

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